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迷走神経を活性化させる
2022年12月 8日
前回書いたように迷走神経には大きく二つの系統があり、一つが主に横隔膜より上に分布する「腹側迷走神経複合体(VVC)」と、もう一つが横隔膜より下の臓器に分布する「背側迷走神経複合体(DVC)」です。
いずれも発生学的に敵からの防御を目的として発達してきた神経と考えられますが、比較的古いDVCは危険が察知されるとその防御反応として、息を潜めたり、動作を緩慢にしてじっとしたり、時には心拍数を減らし代謝を落としてあたかも「死んだ」ように見せかけるといような働きをします。
ですから主に消化器官に分布するDVCの働きが落ちると、前回紹介したような腹部症状を生じさせることとなります。
それに対して比較的発生学的に新しいVVCは、もともと魚類などでは鰓弓に分布して呼吸に関係する神経です。哺乳類では顔面や喉咽頭、心臓、肺などに分布するように変化することで、表情筋や声帯などを司り、特に他の個体とのコミュニケーションを円滑に行うために発達したと考えられています。しかし一旦ストレスなどによるこのVVCの機能低下がおこると、表情が硬くなったり、声色が変わったり、円滑なコミュニケーションには不利な状況となってしまいます。
私たちが心の底から「安心」「安全」を感じているときには、迷走神経の働きは高まり、IBSやSIBOに伴う様々な腹部症状を軽減させてくれます。つまりVVC、DVCは交感神経とともに程よいバランスを保ち絶妙なハーモニーで私たちの体の恒常性を維持してくれていますが、一旦ストレス下になると前回書いたような症状が出やすくなります。
英語圏に国々では、迷走神経の活性のことを”Vagal tone”と呼び、健康維持にとても大切な要素としてよく取り上げられています。
迷走神経を活性化させる非侵襲的(体に負担の少ない)方法として、下記のような方法を紹介しておきます。
1.寒気に触れる
定期的に寒気にならしておくと、交感神経の緊張が和らぎ迷走神経を介した副交感神経の活性化が促されます。お風呂上がりの体が温かくなったタイミングで、足に冷たい水をかけるというのも迷走神経を活性化するのに有効です。
2.歌をうたう、ハミング、うがい
迷走神経は声帯にも分布し、声のトーンを調整しています。歌ったり、ハミングしたり、あるいはうがいをしたりすることは迷走神経の刺激となり、心拍数を減らし、迷走神経の活性(Vagal tone)を改善させることが知られています。
3.深呼吸
深くゆっくり呼吸をすることで迷走神経の刺激になり、不安やストレスを軽減させることが知られています。1分間の呼吸回数(通常10−14回)を8回以下に減らしてみると心身ともにストレス軽減に役に立ちます。世の中にはいろいろな呼吸法がありますが、なかでも逆腹式呼吸は迷走神経への刺激が入りやすく、当院でも積極的に指導しています。
4.笑い、他者との交流
仲の良い仲間や家族との交流は、迷走神経を刺激するのに最も適した方法の一つです。私たちが心の底から「安心」「安全」を感じた時、迷走神経の働きが活発化し、IBSやSIBOで見られるような腹部症状の解消に大きく貢献します。
5.運動、ヨガ、気功、瞑想
研究によると、適度な運動やヨガ、瞑想は迷走神経の活性化に役立ち、ポジティブな感情を高め、自分自身や他の人に対する好意的な感情を抱きやすくなることが知られています。これらはリラクゼーション効果を促し、副交感神経系を刺激して迷走神経の働きを整えます。
6.マッサージ
愛護的にマッサージを受けることで交感神経の緊張は軽減し、迷走神経の働きは活性化します。特にスキンシップや豊かな人間関係は愛情ホルモンであるオキシトシンの分泌にも役立ち、より深いリラックス効果が期待できます。
7.サプリメント、薬剤
栄養は食事から摂取することが基本ですが、不足しがちな時にはサプリメントなどで補給することも有効です。ビタミンB群やオメガ3系脂肪酸、亜鉛やマグネシウムなどのミネラル、最近ではCBDオイルや幸せホルモンと呼ばれるセロトニンの前駆物質(5-HTP)なども副交感神経を介した迷走神経の活性効果が注目されています。また、愛情ホルモンであるオキシトシン製剤の内服も、ストレス耐性を高めることによる迷走神経の活性効果が期待されています。
このように迷走神経の活性(Vagal tone)を高めるために取り組める非侵襲的な方法はたくさんあり、どれも基本的には精神的、感情的、身体的な健康に影響を及ぼします。
特に気の合う仲間たちとの交流や、大声で笑ったり歌ったりするのは、腹側迷走神経を指揮者として、背側迷走神経と交感神経が絶妙なバランスにリズムを奏でてくれます。つまりこれらの取り組みは、あなたの健康に大きく寄与する迷走神経にとっては最高の栄養とも言えるのです。外出を怖がり三密を避けてばかりでは、なかなか迷走神経がうまく機能してくれないのもお分かりいただけるのではないでしょうか。
そろそろ、あなたもできることから始めてみてはいかがでしょうか。 Dr.城谷昌彦
20年以上消化器内科医として臨床をやってきたことで、非常に多くの患者さんから学びと気づきを得る事ができました。 その経験に加えて、何より自分自身が大病を患った経験を通して、一人の患者として「自分が受けたい医療」という視点を大切にしたいと考えて、日々の気づきをつらつらと芦屋から配信していきます。
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